「【特集・第3回】 2008年度診療報酬改定(3)土田武史さん(早稲田大学商学部教授)<上> 再診料、きつかった」『CBニュース』2008.3.26

中央社会保険医療協議会中医協)会長・土田武史氏(早稲田大学商学部教授)へのインタビュー記事。CBニュースは、最近読み始めたHPだが、結構キーパーソンのインタビュー記事が掲載されており面白い。 (以下、同HPより転載)


診療所の再診料引き下げを見送る「土田裁定」で幕を閉じた2008年度診療報酬改定。病院勤務医の負担軽減に充てる1,500億円の財源、病診格差の是正、後期高齢者医療制度の初・再診料などが複雑に絡み合った診療所の再診料問題について、中央社会保険医療協議会中医協)で会長を務めた土田武史さん(早稲田大学商学部教授)に話を聞いた。(新井裕充) 【関連記事】 「第3の診療報酬体系を」 08年度診療報酬改定(1) 「医療経済だけでは国は滅びる」 08年度診療報酬改定(2) ――診療報酬改定を終えて、感想をお聞かせください。  きつかったです。改定率がマイナス3.16%だった前回の改定は医療費抑制が強く、かなり強引な改定を行わざるを得ませんでした。その影響で、今回はリハビリや療養病床、7対1入院基本料の見直しなどを求められました。2006年と07年の上半期まで3つの後始末に追われ、今回の改定の議論は10月からになってしまいました。前半は事務局(保険局医療課)のペースでスムーズに進みましたが、後半は再診料の引き下げ問題があり、とてもきつかったです。 ――診療所の再診料引き下げは、最終的に公益委員の裁定で見送りになりました。  (支払側委員の)対馬さんには煮え湯を飲ませてしまい、本当に申し訳なかった。私も当初は再診料を引き下げるべきだと周囲に言っておりましたし、対馬さんは再診料を下げる結論を予想していたでしょう。マスコミにもあんなに叩かれるとは思いませんでした。 ――日本医師会に押し切られたという声もあります。  医師会からの圧力はまったくありませんし、「日医に負けた」という意識はありません。もしも圧力があったら、逆に引き下げたかもしれません(笑)。今回、マスコミには叩かれましたが、医療評論家などプロの方から「実を取った」と言われることもあります。しかし、そういう声は少ないです。 ――なぜ、再診料を引き下げないことに変更したのでしょうか。  「初・再診料の概念規定」から議論すべきだと気が付いたからです。前回の改定で、診療所と病院の初診料が統一され、再診料の差は1点縮まりました。その際、次回の(08年度)改定では診療所の再診料を引き下げるという合意ができていましたし、私もそう考えていました。しかし、今思えば医療課は最初から再診料に手を付ける気はなかったのでしょう。メッセージを発していたのだと思いますが、私は読み取れませんでした。 ――昨年11月、厚労省が「初・再診料引き下げ」と「夜間加算」とのリンクを外した時、再診料の引き下げはないように思えました。  今回、改定率が決まって財源が不足していたら、「再診料を引き下げるしかない」と考えていました。しかし、医療課サイドは初・再診料を引き下げた財源を夜間加算に充てるとか、4月から始まる後期高齢者医療制度では、お年寄りの初診料は検査などがあるから高くして再診料を下げるべきだとか、そういう方向で動いていました。つまり、そうした動きは病院と診療所の初・再診料は同じで良いかということにかかわり、単純に一緒にすればいいという話ではないのです。11月の時点でここに気が付いていれば、初・再診料についてきちんと議論できたかもしれません。初診料とは何か、再診料とは何か、病院の後期高齢者と診療所の後期高齢者は同じで良いかといった「初・再診料の概念規定」から議論できない以上、手を付けるべきではありません。気が付いたのは1月で、議論する時間が足りませんでした。 ■ 1,500億円をめぐる攻防 ――再診料の意義が明らかになっていない段階で引き下げることには抵抗があったわけですね。  もう1つ、財源の問題もあります。当初、改定率は「プラスマイナスゼロ」という予想がありましたよね。しかし、若干プラスになり、約1,100億円の財源が出た。私は、これを病院と診療所でどのように分けるのかなと考えていましたが、日医が「これはすべて病院の勤務医対策に充てていい」と言いました。さらに、日医は「軽微な処置の包括化」なども認めたため、合計1,300億円の財源が出た。日医は「これで済んだ」と思ったことでしょう。勤務医対策の財源があるのなら、再診料を引き下げる必要はなくなります。 ――しかし、政管健保の肩代わりで約1,000億円の拠出を強いられた対馬委員は引きませんでした。  そこで、私は勤務医対策にどのぐらいのお金が必要なのか、事務局(医療課)に出すように求めました。すると、事務局は「1,550億円ぐらい必要だ」と言う。あと250億円ぐらい足りません。これは再診料の2点分(240億円)ですから、やはり再診料を引き下げるしかないようにも思えます。しかし、事務局は「外来管理加算があります」と言いました。外来管理加算に5分の時間管理を入れると1時間に12人ですから、これを換算すると240億円が出てくると説明したのです。再診料の1点は120億円ですから、再診料2点分に相当します。さらに、デジタル映像化処理加算の廃止(約100億円)が取れれば340億円。調整があるので340億円そのままではないが、再診料の引き下げ(240億)よりも多く取った方がいい。 ――再診料で無駄な混乱を引き起こすよりも、実を取ったわけですね。  そうです。以前、私も外来管理加算の見直しが必要だと仲間内で話したことがあります。30点ぐらいの安い処置より、何もしない「外来管理加算」の方が52点と高い。患者の立場からすればおかしいでしょう。ある委員によれば、アメリカでは診察の最後に「何か質問はありませんか」ときかないと訴訟で負けるそうです。アメリカ型の訴訟社会が良いかどうかは別問題ですが、私自身は医師と患者との信頼関係を築く上で丁寧な説明が重要だと思いましたので、見直す必要があると判断しました。 ――しかし、対馬委員は「1,500億円で足りるのか」と不満を表しました。  対馬さんとしては、公益委員に預けたのだからどう裁定しても良かったという気持ちがあったでしょう。外来管理加算を取って、さらに再診料を引き下げても良かったと。しかし、私は1,500億円という枠をそのまま受け取って、対馬さんが言うように「もっと上げてもいい」という発想はありませんでした。「焼け石に水」という意見もありましたが、確かに1,500億円では足りません。病院はこれだけでは助からないと思いますが、最初の一歩であってほしいと思います。 ――再診料の引き下げも大きいですが、外来管理加算の見直しも影響が大きいようです。  全国の医療関係者からメールやFAXで批判や苦情が殺到しています。中医協の審議が続いている間は明細書とリハビリ、終わってからは外来管理加算です。「どうしてこんなに来るのか」というほど来ています。外来管理加算を見直して、丁寧な説明を要件にすることは医師と患者との関係をつくる上で大切だということを十分に説明したのですが、うまく伝わらなかったようです。 ――外来管理加算は医師と患者との関係をつくる内容の言葉としては分かりにくいですね。  分かりにくかったのでしょう。言葉の問題もそうですが、これからの医療は医師と患者との信頼関係が必要です。医師は多くの情報を持っている。患者は不信感を持っている。例えば、明細書の問題がありました。確かに、レセプト並みに内容が分かる明細書の無料発行を主張する勝村さんの意見も理解できますが、「もう少し別の関係を築けないだろうか」と思うのです。医療事故で遺族が怒りをぶつけるのは当然のことでしょうが、それをマスコミが書くと社会全体がなびいてくる。そういう社会は異常ではないでしょうか。「医師はそんなに悪いことはしない」という信頼感があるのが健全な社会だと思います。外来管理加算の見直しが、医療に対する信頼感をつくる第一歩になれば良いと考えています。 更新:2008/03/26 19:58     キャリアブレイン