津川 友介「第1回 オバマケアの『正体』」『週刊医学界新聞』第3195号,2016年10月17日

オバマケアについて、良い部分も不都合な部分も複眼的に評価している。ブログ「医療政策学×医療経済学」を運営している。


津川 友介「第1回 オバマケアの『正体』」『週刊医学界新聞』第3195号,2016年10月17日
http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03195_01

○印象に残った言葉
・2016年7月,大統領選挙を前にオバマ大統領自らが,世界で最も権威ある医学雑誌の一つである米国医師会雑誌(Journal of American Medical Association;JAMA)電子版に論文を投稿し,オバマケアの政策評価を取りまとめ,次の大統領はこの流れを引き継ぐべきであるとの意見を表明した。

Obama B.United States Health Care Reform: Progress to Date and Next Steps.JAMA. 2016 Aug 2;316(5):525-32
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27400401

オバマケアによって,米国民に占める無保険者の割合は2010年には16.0%(4900万人)であったのが2015年には9.1%(2900万人)にまで減少

オバマケアは,

1)メディケイドのカバー範囲の拡大
2)政府によって規制された民間医療保険市場+保険料に対する補助金
3)裕福な人に対しては民間医療保険加入の義務化

という3つの仕組みを組み合わせて皆保険を実現する政策であった

オバマケアは,極度の貧困の人〔FPL(連邦貧困水準)の133%以下の人〕はメディケイドの加入要件を緩めることでカバーすることにした(註1)。メディケイドは連邦政府と州政府が財源を出し合ってカバーする貧困者向けの公的保険であるため,以前までは州によって加入要件が異なっていた。収入が少ないだけでは加入要件を満たすことはほとんど無く,妊娠中の女性や,子どもがいるなどの条件があってはじめて加入することができた。つまり,独身男性の場合,例えどんなに貧困であっても多くの場合メディケイドに加入できなかったのである。

 そこでオバマケアは,住んでいる州にかかわらず, FPL 133%以下の人は全てメディケイドに加入できるようにした。これは独身で年収約1万6000ドル,家族4人なら約3万3000ドル以下ならばメディケイドに加入できる計算になる(2015年の基準値)。実は,オバマケアによって新たに保険に加入した人の大多数はメディケイドへの加入であったため,オバマケアのことを「メディケイド拡大法(Medicaid expansion law)」だと揶揄する人もいる。

・退院後30日以内の再入院に対してペナルティを設けるHospital Readmission Reduction Program(HRRP)と呼ばれるものが含まれる
https://www.cms.gov/medicare/medicare-fee-for-service-payment/acuteinpatientpps/readmissions-reduction-program.html

オバマケアによって新たにカバーされる人の多くは保険料を支払うことが困難な貧困者で(中略)財源を確保する必要があった。その方法としてオバマ大統領が取ったのは,医療保険会社や病院などの医療関連業界による“痛み分け”であった。

病院などの医療機関には公的保険のメディケアやメディケイドからの支払額が減らされ,これにより連邦政府は約7400億ドルの歳出カットを達成できたと言われている5)。公的保険から医療機関への支払額は減るものの,一方で無保険患者からの取りこぼしがなくなり,また新たに保険に加入した人による医療需要の増加が見込まれたため,医療機関はこの条件を飲み込むこととした。

 医療保険業界には利益率の上限が設定され,集めた保険料総額の少なくとも80~85%を医療サービスとして還付しなければならなくなった(つまり利益率の上限は15~20%になった)6)。この保険会社の利益率の上限のことをMedical Loss Ratioと呼ぶ。それ以上の利益を上げた場合には,その利益を被保険者に払い戻さないといけなくなった。オバマケアによって民間医療保険の加入者が増え,保険会社は売上高が増えると考えたため,保険会社はこの条件を受け入れた。

・ちなみに,医療関連業界で唯一“痛み分け”をしなかったのが製薬業界であった。これは政治的判断であり,力を持っていた製薬業界を味方につけることで,オバマケアは連邦議会をどうにか通過することができたと言われている。なお,オバマクリントンは最近になって,次の改革は薬価であると宣言しており,近い将来,製薬業界にも“痛み分け”を迫るのではないかと言われている。

・実はオバマケアはCLASS(Community Living Assistance Services and Supports)Actと呼ばれる介護保険制度の導入も試みていたが,パブリック・オプション同様にオバマケア導入の過程で切り捨てられた経緯がある。