「ソーシャルワーカー『生きる力』支援」『読売新聞』2007年10月8日(月)

こんな記事が出ていたんですね。


自殺未遂者感謝の電話 「もう死のうとは思わない」  借金の整理、生活の再建、人間関係の修復……。自殺を図って救急搬送され、命を取り留めた人へのケアは、うつ病など精神疾患の治療だけでなく、社会復帰のための具体的な支援も欠かせない。 八方ふさがりと思い込んでいる本人から話を聞き、自己破産や生活保護など様々な制度を活用して問題解決に導くのが、病院にいるソーシャルワーカーだ。しかし、その絶対数が足りず、教育も追い付かないのが実情だ。(木下敦子) 今年4月、東京都内のある病院の救命救急センターに、睡眠薬を大量に飲んだ60歳代の男性が意識不明の状態で運び込まれた。 男性は独り暮らしで、連絡がつかないことを不審に思った友人が、自宅で倒れていたところを発見。胃洗浄などの救命処置で意識は回復したが、家族とは絶縁状態で、身の回り品もない。うつ病ではなく、投薬治療の必要はないと診断されたため、対応は、同病院の女性ソーシャルワーカー(42)に任された。 パチンコの景品交換所に勤めていた男性は、不景気で給料が下がり、売上金を着服したのがばれてしまった。首をつろうと思ったが怖くて酒を飲み、薬を飲んで自殺を図ったという。 命は取り留めたものの、男性は職を失い、借金もあった。男性を取り巻くつらい状況は自殺前と変わっておらず、ソーシャルワーカーとの面談中、男性は「なぜ助けちゃったの」「(病室の)この窓から飛び降りようかな」とつぶやいた。 「このまま退院させたら、またこの人は自殺を図る」。そう考えたソーシャルワーカーは、自治体の生活保護担当者に連絡。男性はアルコール依存の上、借金や住民税の滞納などもあり、金銭問題の整理が難航した。しかし、これらの問題を一つ一つ解決し、第一発見者の友人が親身になって相談に乗ってくれたこともあって、生活保護を受給できることになった。 退院から1か月を過ぎたころ、この男性からソーシャルワーカーに「もう大丈夫。死のうとは思わない。ありがとうございました」と、電話があったという。 ソーシャルワーカーは、「私たちの仕事は、その人が本来持っている知恵や経験、人とのつながりなどの『生きる力』を取り戻し、自分で生きていけるように援助すること。家族や地域、行政の力をうまく組み合わせて、社会に戻る後押しをしたい」と話す。ただ、この病院には5人のソーシャルワーカーがいるが、1日の担当人数が1人あたり約15人に上るほどの忙しさで、「一人ひとりにじっくり向き合うのは難しいのが現実」とも明かした。 人手も教育も不十分 自殺者が9年連続で3万人を超える現状への危機感から、政府が6月にまとめた総合対策大綱は、自殺を「追い込まれた末の死」と定義し、悩みをもたらす要因に対して社会的に介入する必要性を明記している。 しかし、木原活信・同志社大准教授(社会福祉論)は「社会的支援の軸となるべきソーシャルワーカーは、数も教育も不十分」と指摘する。木原准教授によると、病院や自治体のソーシャルワーカーは、一般のけが人や病人の対応に追われ、自殺問題に特化した取り組みはほとんどないという。 また、大学の講義や福祉現場での研修も不十分で、ソーシャルワーカーらに知識や経験が乏しいため、「自殺」と聞くと尻込みしてしまう傾向もあるという。 日本ソーシャルワーカー協会の鈴木五郎会長(国際医療福祉大教授)は、ソーシャルワーカーを取り巻く問題点として、〈1〉医療機関での相談業務に診療報酬が加算されず、十分な配置が難しい〈2〉待遇が向上しないために定着率が悪く、人材が育たない〈3〉ソーシャルワーカー同士の連携が弱く、問題提起の声が上がりにくい――などを挙げている。 ソーシャルワーカー 借金や病気などで自立が困難な人の相談に乗り、生活保護や各種福祉サービスの活用法を示して支援する職業の総称。日本では1960年に日本ソーシャルワーカー協会が設立され、徐々にこの言葉が使われるようになった。総合病院の「医療相談室」や児童相談所、行政の福祉窓口などに常駐し、社会福祉士精神保健福祉士などの国家資格を持っている人も多い。厚生労働省によると、現在、社会福祉士の登録者数は約9万5000人、精神保健福祉士は約3万人だが、実際に日本国内で何人がソーシャルワーカーとして活動しているかは不明という。