マイケル・ムーア監督『シッコ』2007.8

070825_sicko.jpg  監督:マイケル・ムーア 上映時間:113分 製作国:米国


昨日職場の仲間と、近所の映画館へ『シッコ』を観にいってきた。アメリカの民間医療保険制度に対して痛烈な批判を浴びせる内容だ。私たち日本人は、過去にどんな既往があっても、一定の医療費を支払えばどんな医療機関にも受診できる。受診する時に考えるのは、せいぜいその医療機関の評判と自宅からの距離ぐらい。一方、アメリカでは自分が加入している医療保険によって、既往歴をキチンと申告してあったか、どの医療までが給付対象か、どこの医療機関なら受診しても良いかをその都度考えなければいけない。全適応型民間保険であっても、「実験的な医療である」と民間保険会社に雇用されている医師から拒否されれば当該の治療は受けられない。 アメリカでは、治療に伴う心労以外に、加入する保険でどんな医療が受けられるのかという心労まで追わなければいけない。それは大変つらいことだと思う。結果として、その医療費で人生が破綻することになっては、何の為に治療をしたのか分からなくなってしまう。 しかし、一方で保険の適応が認められれば現物給付を受けることが出来、日本のような定額負担を強いられることはない。全額負担かほぼ無料、オールオアナッシングである。 また、アメリカの民間保険会社に雇用されている医師は、保険給付を認めなかった率が高いほど有能な医師として報酬が上がるというインセンティブが機能するのに対して、イギリスの一般医(GP)は、血圧を下げるとか、患者の状態を改善する件数が多いほど、報酬が上がるというインセンティブが機能しているのが対照的で興味深かった。 インセンティブといっても、それを開発する人間の価値前提でいかようにも設定することが可能である。一旦機能し始めると、関係者はそれに添った形で粛々と行動し、更には思考パターンまでもが形成されてしまう、という事実が、私にはとても恐ろしく思えた。やはり制度設計者の責任は重い。そんなことを、帰りに寄った中華料理屋で考えさせられた映画であった。 旬なうちに観るべき映画であろう。 【参考文献】 ・権丈善一「おっと、おもしろいSiCKOの感想文発見!」『勿凝学問』114,2007権丈善一「マイケル・ムーア『SiCKO』の僕なりの見方 社会保障問題とは結局のところ財源調達問題に尽きる」『勿凝学問』104,2007権丈善一「マイケル・ムーア『SiCKO』のすゝめ それと日医「医療政策会議」で紹介した在日米国経済公使ズムワルト氏の談」『勿凝学問』103,2007二木立「映画『シッコ』を観てアメリカと日本の医療について考えた」「二木教授の医療時評(その48)」『文化連情報』2007年10月号(356号):38-40号 【関連映画】 ・ニック・カサヴィテス監督(デンゼル・ワシントン主演)『ジョンQ』2002.11 ※主人公(デンゼル・ワシントン)が勤める会社の医療保険では、息子の心臓移植が受けられないことを知り、息子が入院している病院の医師たちを人質に「息子を助けてくれ」と要求する、一見むちゃくちゃなストーリー。 images.jpg  ・ジョエル・シューマカー監督(ロバート・デ・ニーロ主演)『フローレス』1999 ※冒頭で、主人公(ロバート・デ・ニーロ)が脳梗塞を発症し、駆けつけた救急隊が「どこの医療保険に入っているんだ?」と問うシーンが滑稽。加入している医療保険によって受診できる医療機関に制限があるアメリカの医療保険の一面をあらわしている。 flawless.bmp