「全室個室『理想の介護』のはずが…新型特養軒並み経営難」『読売新聞』平成20年7月22日

記者は、猪熊律子氏と小山孝氏。現状認識を深めさせてくれる良い記事。ちなみに、ここで出てくる低所得者対策とは、「介護保険負担限度額認定制度」のこと。 平成17年10月から、介護保険3施設や短期入所施設(ケアハウス、グループホーム、有老ホーム、高専賃は対象外)における入所および短期入所に関わる食費と居住費が全額自己負担となったことから、利用者の自己負担が増えたため、低所得者対策として始まりました。 国が示した負担限度額(利用者が支払う料金の上限額)以内で、利用者に自己負担を求めた場合に限り、国が調査等によって算出した平均費用(基準費用額)と負担限度額のギャップ分を保険料から支払ってくれる制度です。 具体的に言えば、「食費が1日1,380円かかっているとして、本制度に該当している利用者の場合(第3段階)は、あなたは1日650円だけ支払えばいいですよ。残金の730円は保険者が施設側に払ってくれます(補足給付)からね。」ということです。 但し、この利用者から1日1,000円の食費を徴収した場合は、制度そのものの適応がなくなります。負担限度額以上に利用者に請求しておいて、保険者には「負担限度額分しかもらっていません。」と言い、二重請求が起こるのを防ぐためです。 つまり、この制度に非該当の方には自由設定で食費を徴収できますが、該当者の場合は、食費の徴収額を気をつけないと施設の持ち出しが増えてしまいます。また、国が示した基準費用額以上の費用がかかっている質の高い食事を提供している施設では、本制度では基準費用額までしか保険者は補填してくれませんので、当然施設の持ち出しが増えてしまいます。 この場合、施設側は①食事の質を落とすか、②本制度非該当者の入所を優遇して適切な食費を徴収するか、③施設の経営努力でやり過ごすかのいづれかの行動をとるしかありません。 合理的に考えれば、「奥の手」として非該当者の食事と該当者の食事を違うものにすれば、施設側に食費の被害は発生しません。しかし、倫理的問題として、食堂で朝・昼・晩の食事の度に利用者同士が食事内容を見比べて、「あっ、あの人所得が低いから、ご飯も貧相なんだわ。」とか、「あの人は、所得が高いから、もう一品食事が多いわ。うらやましい。」という凄惨な状況になりかねないため、施設側としてその「奥の手」は使いづらいのが現状です。(制度上は、認められています。) 国としては、基準費用額を設けないと、屋根がなくなってしまうため法外な補足給付を行うリスクを負うことになりかねません。地域別に基準費用額を設定するなど、地域の実態に合わせた制度改正を望みます。 但し、制度そのものの成立経緯が生活保護加算の廃止議論と同様に「低い方に合わせる」的議論であったため(在宅にいる介護保険被保険者は、食費と居住費を自己負担しているのに、介護保険施設入所者は保険から給付されるのはおかしい。なら、保険から外してしまえ!)、今後「ケアハウス、グループホーム、有老ホーム、高専賃にはこの制度はない。」という論拠から制度そのものが廃止される可能性も否定できません。 このままでは、医療保険と同様に、介護保険も自己負担が世界一高い制度になりかねない状況です。 以下、読売新聞HPより転載。


低所得者対策 重荷  居住環境の改善と介護の質の向上を目指し、国が建設を推進している全室個室の「新型特養」が、曲がり角を迎えている。度重なる制度変更で、経営悪化に苦しむ施設が増えているためだ。自治体の中には、「新設は新型で」という国の方針に反して、相部屋の従来型の建設を認めるところも出始めている。(社会保障部 猪熊律子、小山孝) 上限6万円  「いい介護を提供したいと新型特養を始めたのに、経営が回らない。これでは何のためにやっているのかわからない」  神奈川県秦野市にある特別養護老人ホーム「はだの松寿苑」(定員100人)を運営する社会福祉法人「寿徳会」の久保谷勤理事長は頭を抱える。  市と建設協議を始めた2003年当時、国は新型特養を大々的に推進していた。従来の4人部屋と違い、全室個室のためプライバシーが守られ、職員数も手厚くして一人一人に合ったケアができる。約12億円の借入金は負ったが、理想に燃えてのスタートだった。  開設2か月前の05年10月、政府の社会保障費抑制策を受け、介護報酬が大幅に削減された。介護報酬に含まれていた居住費などは施設が入居者から受け取る仕組みに変わった。それでも、入居者から1人月約8万円の居住費を徴収できれば、赤字にならず、借入金も返済できる計画だった。  ところが、同時に導入された低所得者対策で、計算が狂った。施設が受け取る低所得者分の居住費に、月6万円(本人負担と公費補てん)という上限額が設けられたためだ。この結果、「居住費は、建設費用をもとに、入居者との契約で自由に設定できる」という当初の国の方針に沿って月6万円以上の料金を設定した施設では、軒並み経営が苦しくなった。  松寿苑の場合、入居者に占める低所得者の割合は約6割。光熱水費などの実績をもとに算出した現在の居住費は月10万5000円で、差額の4万5000円を施設がかぶっている。食費にも同様の上限額がある。「本来より月の収入が300万円ほど少ないが、介護・看護職などの人件費を削るわけにもいかない」と、久保谷理事長。職員のボーナスを自腹で払ってしのいでいる状態だという。 危機感  経営が苦しいのは、松寿苑に限った話ではない。  05年10月の介護報酬改定を前に、同年8月、大幅な減収予想に危機感を募らせた新型特養経営者らが結成した「全国新型特養推進協議会」には、全国の約100施設が結集した。参加施設はその後も増え、今では全国の新型特養約700施設のうち約220施設に上る。  同協議会によると、新型特養は建設コストがかかるため、大半が月6万円を超える居住費を設定しているという。一方、厚生労働省の調査(06年)によると、低所得者の割合は、入居者全体の約8割にも上る。  最近では、自己負担を減らすために、収入がある家族の扶養から外れ、自分だけの世帯となることで低所得者になるケースも増えているといい、新型特養の経営環境は年々厳しくなっている。 相部屋認める  国は、「特養を新設する場合は新型で」との姿勢を変えておらず、14年度までに個室の割合を7割以上に増やしたいとしている。  だが、自治体の中には、国の方針に反して、相部屋の従来型を認めるところも出てきている。  埼玉県では現在、施設が希望すれば、4人部屋の新設を認めている。「基本は新型だが、経営の大変さを指摘する声が強い。個室代を負担できないという利用者や家族の声にも配慮した」と担当者は話す。同様の動きは、川崎市群馬県などでも広がっており、ある自治体の担当者は、「7割達成は難しいのでは」と漏らす。 質の高さ目指したのに…国に改善要望  推進協議会は、今のままでは経営が立ちゆかないと主張。建設費も人手もかかる新型の経営実態をよく見たうえで、低所得者向けの上限額の引き上げや報酬アップなどを実現するよう国に要望している。  赤枝雄一会長は、「これからは特養も、質の高いハード、ソフトを目指せという国の方針に沿って整備したのに、はしごを外された気分。国はもっと配慮してしかるべきだ」と訴える。  これに対して、厚労省の担当課では、「来春の報酬改定に向けて現在行っている介護事業者の経営実態調査の結果を見て、見直しを検討したい」としている。  東京都は今年6月、経営難に悩む施設は都市部に多いことを受け、「低所得者対策の上限額は全国一律でなく、自治体が独自に決められるようにすべきだ」とする国への緊急提言をまとめた。都によると、直近に整備された都内の新型特養の平均的な居住費は月約7万6000円だという。  上限額を設定したこと自体に対する疑問の声もある。堤修三・大阪大学教授(社会保障政策論)は、「上限を設けたことで、結果的に、施設の経営の自由を奪ってしまった。こうした制度は、有料老人ホームやグループホームにはない。低所得者対策には別の方法もあったのではないか」と指摘している。  新型特養 全室個室で、10人程度のユニット(単位)ごとに食堂兼居間を設け、専属の職員が個別ケアを行い、生活環境も家庭に近づけた特別養護老人ホーム厚生労働省が推進し、03年度の介護報酬改定で正式に導入された。居住費(家賃や光熱水費など)は、介護報酬に含まれず、施設が入居者から直接徴収する。 (2008年7月22日 読売新聞)