できる事と、SWとしてしていい事は違う

はじめに 表題の言葉は、昨年国立保健医療科学院で行われた「医療ソーシャルワーカー研修(初任研修)」にて、東京医科歯科大学付属病院のMSW佐原まち子氏が述べられた言葉である。とても印象に残った言葉だ。なお、この言葉はクライエントとの援助関係においても言えることである。今回は、組織論の点からこの言葉の意味について考えてみた。 言葉の意図 何故かと言うと、最近「できる事と、SWとしてしていい事は違う」ということを改めて考えさせられる機会があったからだ。 この言葉の意図は、上述の言葉を念頭におかず所属組織の中で何でもかんでも引き受けたり、自らやってしまうと、気がついたらMSWとしての本来業務が回らなくなってしまったり、何でも屋になってしまいますよ、という忠告であると私は理解している。なお、MSWの本来業務とは、具体的には、厚生労働省保健局長『医療ソーシャルワーカー業務指針』2002の内容を指す。 具体的にどの様に動くか 無論、 小さな職場では細々とした依頼が往々にしてなされるが、ポイントは上述の言葉をきちんと念頭に置いた上で、引き受けるか否かを検討する必要があろう。確かに何でもかんでも「それはMSWの業務ではありません!」と拒否し続けていれば、早晩他職種から白い眼で見られることは容易に想像が付く。 私が言いたいのは、もし引き受けるにしてもそこにMSWとして何らかの意図があるのかということだ。 MSWは日頃、組織間・制度間の谷間を調整・連携能力でもって補いクライエントに必要なサービスが提供されるよう援助している。しかし、ともすると谷間を埋めているうちに、組織や他職種もそれがMSWの業務だと誤解して依頼してくるようになり、結果MSWが何でも引き受けてしまう。幸か不幸かMSWの人の良さがそれを後押ししてしまうこともある。 また、組織全体を一歩引いて見渡すことができるため、例えば必要な業務をこのセクション・この職種ではこなせないと思ったら、自らやってしまうことが往々にしてある。例えば「○○長は、この書類作成はどういう意図でやるのか全くわかっていない。このままだと監査の時に追及されてしまうから、代わりに私が作ります。」といった具合である。 ここがまさに、MSWが何でも屋となるか自らのポジションを高めるかの分かれ目になる。 自問するということ MSWとは何を業とする者なのかを忘れてしまい、「ここの職場の人たちは駄目だ。何も分かっていない。私がやった方がよっぽど上手くやれる。」と勘違いしてしまうと、組織内では自分がやって当たり前と思っていても、他の職場のMSWが聞いたら、理解しがたい業務をやっているということもある。いわゆる「小事務長」と揶揄される存在になってしまっている事例だ。但し、そのまま事務長に昇格するMSWもいるため、それはそれでそこまで突き抜けることができれば立派であろう。 確かにあなたがやった方が上手くやれるかもしれない。しかし、それは本当にMSWがやらなくてはいけない業務なのだろうか?是非自問して頂きたい。 見ていてつらいのは、そういった昇格の目処も無く、単なる平社員なのに自らの職制・職能・職域以上のことを自信満々でやっているMSWの姿である。組織管理者から見れば、安い人件費で色々とやってくれる存在ほどありがたいことはない。問題は、そのことに本人が気付けているか否かである。もし、その業務が自分の心と業務指針に照らし合わせてみて、違和感を感じるのであれば早々に見直しをした方がいいだろう。 一方、その業務を引き受けることで、「見返りにMSW業務のこの点をやらせて欲しい、あるいはこの業務はあのセクションに変わりにお願いしたい。」と交渉できると良い。また、立場上、もしくは年齢的に直ぐには交換条件は提示できないが、今は相手の言うことを良く聞いて交渉できる立場になった段階で、あの点を要求しようと虎視眈々とねらいを定めることができるか。 加えて、システム化されていない段階ではMSWが引き受けるけれど、ある程度ルーティン化が可能なことが分かればしかるべきセクションに譲渡するという方法もある。繰り返しになるが、今自分がやっている業務を見つめ直し、本当にMSWがやることが果たして適当なのかについて自問して頂きたい。その際には、自らの頭だけで考えるのではなく、同僚がいれば同僚と、いなければ知り合いの同業者と話し合ったり、業務指針を参考にすることを強くお勧めする。ポイントは、いかに自らの業務を相対化することができるか、ということである。ともすると、現状に疑問を感じなくなってしまい、他の職場からみたら首を傾げたくなるような業務を平然と行っていることに気づかなくなってしまう。 おわりに 「できる事と、SWとしてしていい事は違う」。だからこそ、たとえ自分がやった方が上手く行くことが分かっていても、そこはぐっとこらえて本来受け持つべきセクションにやって頂くことが、結果的にはMSWが何でも屋になることを防ぐことになるであろうし、本来の組織のあり方としてもよろしいのではないか。「それ私やれますよ。」と口からでそうなのをこらえて「いやー、それはちょっと良く分かりませんねー。」とサラリと言える役者になれるか。 その為には、単に精神論だけではなく、他の組織のMSWがどういう業務を行っているのか、研修や学会に参加することにより自らの足・眼・耳を使って学ぶこと。また、大学等の図書館を活用し先行研究を収集して学ぶこと。学んだ事柄を所属する組織に合った形に適応させること。その3つの努力ができるか否かで、職場におけるMSWの業務の将来は大きく変わってくるであろう。