ソーシャルワーカーにとっての記録

はじめに ソーシャルワーカー(以下、SW)を対象として、記録に関する研修を現在検討しており、プログラムを作成するに当たって、自分の考えを整理するために、以下、記録について述べたいと思う。 記録の種類 社会福祉援助プロセスの一部に記録がある。SWとして、行った援助について内省し、その場では気付かなかった点について改めて見つけたり、次回の面接課題を設定したり、またアセスメントの上、次の援助方法を検討する源にもなる。ここではそういった社会福祉援助プロセスの一部としての記録を、相談援助記録と呼ぶことにする。 一方で、自らの業務内容について管理者や他職種に視覚的に伝える、あるいは自己の部署としてどの様な業務を行っているのかを鳥瞰するために記録を書く。ここではそういった業務内容に関する記録を、業務管理記録と呼ぶことにする。 記録を書かないということ これら記録の重要性は、研究者・教育者側からは執拗に叫ばれているが、実際の臨床家の方々を見ていると必ずしも記録を書いているとは限らない。理由はさまざまあり、今までに次のようなことを聞いた。「具体的にどう書いていいか分からないから」「忙しいから」「書く必要性がわからないから」「1人職場だし、頭の中で覚えているから大丈夫」「他のSWと口頭で引継ぎしている。たまに引継ぎが上手く行かないときもあるけれど、まあ何とかなっているから」 記録を書かない理由は千差万別だ。これらを背景としてインセンティブが働かないから記録をかかないのだと論じる方法も考えられるが、それが他職種にも普遍的な理由かと考えると必ずしもそうではない。どうやらSW特有の事情があるようである。そのため、何故書かないのかもう少し別の角度から見てみると、私は以下の要因が大きいと思っている。 第1に、法的に書く義務が無い(通知や倫理綱領にはあるが)から 第2に、他職種と比べて1人職場が少なくないから 第3に、記録を書くことが相談援助プロセスの一部であることを教育されていないから。また具体的な記録の書き方について身体化するまでに演習をしていないから。 第4に、専門的にやることが、好きではない 第1から2は、他職種にも起こりうるが、SWにとってはこれらが記録を書かない有力な理由となる。そして、それらの背景には、共通項として第4に挙げた理由「専門的にやることが、好きではない」があると私は考えている。この点については、また別稿で論じたい。 もちろん、記録をきちんと作成して、援助に役立てているSWも存在する。研究者・教育者が出会うSWはそういった問題意識が高い人であり、記録について尋ねても、おそらく期待した回答が返ってくると思われる。「えっ、記録なんて書いてませんけど。」という回答には中々出くわさないであろう。なので、まさか記録の作成がSWにとって一般化されていないことは、研究者や教育者にはあまり伝わらないのではなかろうか。それらの層のSWはおそらく研修にも参加することなく、専門書も読まず、必要な知識を提供しようにも届かない場所にいる。「Hard to RearchなSW」といっても過言ではない。 また、記録を書いているけれどもお互いにどういう風に書いているのか情報交換する場がない、という課題もある。そのため、それぞれが好きなように書いている「自然状態」にある。 記録について会話する場合の前提 SWと記録について会話する場合、次の3つの前提を念頭に置かないと話がかみ合わない。 ・職場が1人ワーカーか複数ワーカーか ・SW用の記録媒体があるか、全職種共通か、それら両方か ・勤めている職場では、短期間の援助が求められるか、長期間の援助が求められるか これら3点の中で、個々のSWがどこに立っているかによって、記録に対する関心にも温度差が生じるのである。それぞれ所属機関が異なるSW同士で、「記録って言えば○○だよね。」と一般的にそうであるという風に話を展開しても、恐らくかみ合わないであろう。他職種に学びたいことは、所属機関が違っていても、必ず記録を書こうという意識が定着していることである。もちろん、他職種の中でも形式は異なるであろうし、流派というものも影響してくる。しかし、いずれにしろ、そこには記録を書くという前提が存在する。しかし、SWの場合その前提がない。 目的からみた記録の4層構造 その上で、記録を目的別に整理したものが以下の図である。 造2.bmp   相談援助プロセスとしての記録は、本来SWにとって中心核をなす部分である。SWにとっての記録はまずここを基点としている。 次に他のSWとの情報共有を目的とした記録は、自分が不在の時、別のSWに担当を変わってもらいつつ、援助に継続性を持たせる意味がある。 他職種との情報共有を目的とした記録は、紙媒体のカルテに全職種が書き込んでいく方法や、電子カルテという方法がある。個々の職種がばらばらに援助しないようにするために有効である。この場合、相談援助プロセス、他のSWとの情報共有、他職種との情報共有という3層の物理的境界はなくなる。それでも実際には、電子カルテ上で職種ごとにそれぞれの教育の反映して記録が書かれることになる。 もちろん、SOAP形式で全職種が統一した記録の書き方になっている機関もあろう。電子カルテが登場してから、SWの記録は強制的に他職種の目にさらされることとなった。 そこでは、クライエントとの援助関係で知り得た情報を他職種にどの様に開示し、ある部分は伏せておくかという古典的な問いが再び登場することとなる。現在は、①ありのまま電子カルテに記載する、②「他職種にも知っておいて欲しい情報」のみ電子カルテに記載し、「それ以外の情報」はSW専用の紙媒体あるいは別の電子媒体に記載する、という2つの方法のうち各SW部門ごとにいずれか一方を採用している。なお、ここで言う「他職種にも知っておいて欲しい情報」と「それ以外の情報」を明確に分ける基準はなく、あくまでも個々のSW部門の判断に任されている。ちなみに日本社会福祉士会や日本医療社会事業協会は、この基準について見解を示してはいない。 業務管理を目的とした記録は、これら個別の記録を数値化・要約し全体的に捉えるという意味がある。そもそも月にどれくらいの件数の相談があったのか。その相談内容は何か。それに対するSWの行動はどうだったのか。そういった事柄を書くのである。 まとめ 記録に関する前提条件がバラバラであるSWに対して、研修で記録の大切さ・具体的内容解説を行うには、最小公約数的な部分について話をする必要がある。つまり、1人職場であっても相談援助プロセスとしての記録の大切さを伝える。他職種と共有の記録媒体であっても、SWとしてどういう視点で記録を書くかという点で記録の大切さを伝える。 以上のことを基礎にして研修をくみ上げていく必要があると私は考える。 ①2008.9.29 加筆・修正