「胃ろうなどの『医療的ケア』、狭まる行き場」『読売新聞』2010年5月6日

胃ろう器具のメーカー出荷数が、この十数年で1.5倍になっているというデータには驚きました。なお、超急性期病院では、胃ろう造設の時間さえ惜しいため脳梗塞治療が終了した段階で一般急性期に転院してもらい、必要であればそこで造設してもらうことがあります。 また、今年度4月1日より、吸引や胃ろう手技の1部分について介護職でも実施可能となったことについても触れてほしかったです。 【関連】 ・ 市川市医師会在宅医療支援事業について 以下、読売新聞HPより転載。(赤文字は、管理者が修正)


胃ろうなどの『医療的ケア』、狭まる行き場」『読売新聞』2010年5月6日 胃ろうなどの「医療的ケア」が必要な高齢者が、行き場に困るケースが起きている。療養病床の見直しが大きな要因だが、特別養護老人ホームをはじめとする「受け皿」での医療体制の不備や、胃ろうが過剰に行われている問題も指摘されている。(社会保障部 針原陽子、大阪本社文化・生活部 中舘聡子)  「特養の“胃ろう枠”はどこも満杯。父が安心して住める場所はあるのか」。兵庫県西宮市の会社員女性(54)は不安を隠せない。  父親(80)は、脳出血で10年以上前に特養に入所。3年ほど前から食べ物がのみ込みづらくなり、急激にやせた。昨春、誤って気管に食べ物が入り、肺炎となって一時入院した際、胃ろうの手術を勧められた。  「うまく栄養がとれ、元気を取り戻せるのでは」。女性は手術に同意したが、特養からは「医療処置を必要とする胃ろうの人をこれ以上受け入れられない」と退所を迫られた。  昨年末、入院先から、ようやく見つけた老人保健施設に移った。女性は、体重が増え、表情も明るくなった父親の回復ぶりを喜びつつも、「ここでも退所を促されるのでは」と気が気ではない。別の特養に入所を申し込んだが、「胃ろうの受け入れ枠はなかなか空かない」と言われた。女性は「終(つい)の棲(す)み処(か)であるはずの特養が『医療処置が必要になったら、もうみられない』というのはおかしい」と憤る。 ◇ 介護に加え、胃ろうなどの医療的ケアが必要な人が居場所に困る最大の理由は、こうした人を多く受けていた医療療養病床が受け入れを抑制していることだ。  国は2006年、同病床に、病名や医療処置の回数などにより患者を「医療区分1~3」に分ける仕組みを導入した。医療の必要性が低いとされる「区分1」には、胃ろうの患者などが含まれるが、その診療報酬(入院基本料)は大幅に下げられ、「赤字必至」(関係者)の水準になった。  「この報酬では、区分1の人の入院はなるべく減らさざるを得ない」と医療療養病床を持つ関東の病院長は打ち明ける。医療療養病床の区分1の患者の割合は、05年度の平均約5割から08年度には3割に減少した。  その分、特養や老健では、区分1に該当する人の入所希望が増加。だが、胃ろうの処置は「医療行為」のため、原則介護職は行えず、看護師が少ない特養などで多く受け入れるのは難しい。国の委託で三菱総合研究所が08年に行った特養利用者の医療ニーズに関する調査では、07年度に特養が入所を断った約2300人中、3割近くを胃ろうが占めた。  医療的ケアが必要な人が居場所に困る理由には、医療行為を必要とする人が増えていることもある。特に胃ろうは内視鏡手術で簡単にできるようになり、患者の苦痛も少ないため、ここ十数年で急激に普及。矢野経済研究所の調査では、胃ろう用の器具の08年度のメーカー出荷数は10万6000と、01年度(7万弱)の1・5倍に上った。  日本慢性期医療協会の武久洋三会長は、「医療技術が進み、長生きする人は増えているのに受け皿整備が追いついていない」と話す。 ◇ 療養病床の再編で介護療養病床がなくなれば、介護療養病床にも多くいる区分1相当の人がはじき出される可能性がある。  日本福祉大学の二木立(りゅう)副学長は「受け皿が十分でない以上、国は、民主党の選挙公約通り、介護療養病床廃止を凍結すべきだ。特養と老健で提供できる医療を手厚くし、在宅医療の体制作りを急ぐ必要もある」と指摘する。  胃ろうについては、不快感の少なさ、管理のしやすさなどから、急性期病院では「食べられなくなったら胃ろうに」と、簡単に行う傾向があるとされる。  しかし、東京大学グローバルCOEプログラム死生学研究室の会田薫子(あいたかおるこ)・特任研究員が療養病床の医師を対象に07年に行った調査では、高齢患者の終末期に胃ろうを行うことを疑問視する意見が相次いだ。栄養を吸収できずに体がむくんだり、栄養剤が食道を逆流して肺炎を起こしたりする危険性が高いためだ。  会田さんは、「医療者が本人や家族に、胃ろうにした場合の予後についてもきちんと説明し、胃ろうにせずに看取(みと)るという選択肢もあると示すことが必要だ」と話している。  胃ろう 脳の障害などで、食べ物をのみ込む力が衰えた人の胃に穴を開け、管を通して必要な栄養や水分、薬剤を投与すること。かつては外科手術で行われていたが、米国で1979年、小児患者向けに内視鏡を使った手術を実施。米国内で普及し、日本などにも広がった。オランダやデンマークなどでは、高齢者に対してはほとんど行われていないとされる。  療養病床 長期療養が必要な患者向けの施設。医療保険適用の「医療療養病床」と、介護保険適用の「介護療養病床」がある。国は2006年、介護療養病床を11年度末までに廃止し、医療療養病床を15万床(後に22万床に変更)にする再編計画を決定。政権が変わり、削減計画は凍結、介護療養病床の廃止も実態調査のうえ必要に応じて見直すことになった。 病院、報酬減で「敬遠」/特養、体制整わず  介護と医療が必要な患者が自宅で暮らすためには、在宅医療の整備が不可欠だ。 家族による介護と介護・医療サービスによって斎藤さんの暮らしは支えられている(千葉県市川市で) 千葉県市川市の自宅で、夫を介護する斎藤智恵子さん(81)は、「できるだけ長く、家で介護が続けられれば」と話す。  夫の達雄さん(95)は、06年に重症の脳出血で入院、右半身まひと失語症が残ったが、07年末に自宅に戻った。要介護度は最も重い「5」。胃ろうがあるが、口からもある程度食事を取れる。かかりつけ医の土橋正彦医師の週1回の訪問診療のほか、1日4回の訪問介護などを利用、別居の家族らの助けも受けながら在宅生活を続けている。  「本人の状態は、療養病床にいる人と変わりない。介護者と、介護・医療サービスがあれば、自宅でも暮らせる」と土橋さんは言う。  同市医師会は、1996年に「地域医療支援センター」を開設。往診する医師40~50人の情報提供や喀痰(かくたん)吸引器の貸し出し、医療材料の提供も行い、登録患者数は2100人に上る。  ただ、こうしたケースは、全国的にもまれ。土橋さんは「医師会が医師のネットワーク化を図り、在宅医療の支援体制を作ることも必要ではないか」と提案する。