「IT漬けが会社をダメに。『断食』を」『朝日新聞』2012年2月8日

自宅でこの記事を読み、何だか印象に残りました。確かに、ITは時間を作り出すための手段であって、生み出された時間を他のより大切なものに使うことが目的だったはず。僕はIT中毒であるという自覚が弱かったように思います。自宅で少しずつ実践しています。 山本 孝昭 『「IT断食」のすすめ (日経プレミアシリーズ)』日本経済新聞出版社,2011.11 ○内容 大量のゴミメールに、時間ばかり取られるパワポ資料。現場を忘れた技術者に顧客と会わない営業マン―生産性を向上させるはずのITに、みんなが振り回され、疲弊している不条理。深く、静かに進行する「IT中毒」の実態を明らかにし、組織と現場の力を取り戻す方法を解説する。 ○目次 プロローグ―IT中毒者たちの“多忙”な日常 第1章 本当は恐ろしい職場のIT 第2章 世代で異なる副作用 第3章 「IT黒船来襲」に踊る人々 第4章 依存症克服への「処方箋」 エピローグ―中毒症状を乗り越えて ○著者略歴 遠藤 功 早稲田大学ビジネススクール教授。株式会社ローランド・ベルガー会長。早稲田大学商学部卒業。米国ボストンカレッジ経営学修士(MBA)。三菱電機、米国系戦略コンサルティング会社を経て現職 山本 孝昭 株式会社ドリーム・アーツ代表取締役社長。1988年広島修道大学商学部卒業後、アシスト入社。93年インテルジャパン入社。家庭用パソコン市場拡大戦略の立案・実施を担当。96年、ドリーム・アーツ設立(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 以下、朝日新聞HPより転載。
「IT漬けが会社をダメに。『断食』を」『朝日新聞』2012年2月8日 ■山本孝昭さん(46)=「トップレス会議」を提唱するIT企業社長  パソコンをはじめ、タブレット端末やスマートフォンなど、IT(情報技術)機器がなければ仕事にならない、という人は多いだろう。IT業界25年の山本孝昭さんは「我々はIT中毒、IT依存に陥ってしまった」といい、ITを意識的に使わない「断食」を唱える。あなたは1日に何時間、画面に向き合っていますか。  ――IT機器はとても便利です。何が悪いのでしょう。  「社員が自分の時間を失っていることです。パソコンもスマートフォンも、ものすごく吸引力が強い。開いて何か始めたら、あっという間に時間がたっています。ITは便利さを、とめどもなく提供してくれますから」  ――便利さを提供してくれるなら、いいことでは。  「いやいや。ITは本来、時間を作るためにあるはずです。作業を早くすませ、もっと質の高い仕事をするとか、生み出した時間で現場に行くとか人に会うとか。それなのに、ずーっとITにへばりついていませんか」  「よくあるのが、会議に出席者みんながパソコンやタブレットを持ち込んで、ペーパーレスにしましょう、という動きです。うちの会社にも問い合わせがあります」  ――いけませんか。  「ぜんぜんよくない。会議は顔を合わせ、意見や思いをぶつけあったり交換したりしながら、アイデアを見つけるとか行動への決定を導くとか、そのためにあります。『報告書にこうあるけど、本当はどうなんだ』『現場はこうでした』などと出し合い、ガチンコで議論する場です。それなのにみんなが会議中、画面を見ていたら、集まった意味がありません」  「いろいろな会社を見てきましたが、会議にパソコンを持ち込んでいたら半数は内職していますね。でも、言い訳はできるんです。『メモをとっていました』『関係する情報を調べていました』って」  ――仕事が出来る人間だと見せたいのでは。  「そんなのは10年前までです。先日も、ある有名企業から求められ、ITの問題を役員会で話しました。会議室がガラス張りで、あちこちの様子が見えたのですが、ほとんどの部屋で参加者が画面を見ているんです。中には、2人の打ち合わせで片方がずっと画面を見ているとか」  ――山本さんの会社では。  「うちも多かった。あんまり多いから、昨年秋に『トップレス・ミーティング』というのを始めました」  ――トップレス?  「ラップトップのトップです。デジタル機器の持ち込みを禁止する会議のことです。紙とペンだけ持って集まり、ガチで議論します」  ――でも、メールはやめられないですよね。  「業務の連絡手段としてのメールはもう限界に来ています。一説によると迷惑メールは全体の8割だとか。企業は大きなコストをかけてフィルター機能を設けています。でも『身内の迷惑メール』は防げていません」  ――身内の、とは。  「CCメール、つまり『参考に』と同送するメールです。『聞いていないぞ』とか『知らなかった』と言われないためでしょう。これが多い。私も1日のメールが300通になって、とても読めません。昨年、社内のCCメールは禁止しました」  ――どうなりましたか。  「1日に70通程度まで減りました。でも、社長は『俺は見ないぞ』と言えるからいいんです。深刻なのは中間管理職。上からも下からも『念のため』と送られてくる。上司のは無視できないし、部下のメールを見なかったら『なぜ見てくれないんです』と言われる。組織の要の彼らがむしばまれている。『KSI課長』が増えています」  ――何ですか、それは。  「ぼくの造語です。こなして(K)、さばいて(S)、いなす(I)。彼らだってそうなりたいわけじゃない。KSIでないとやっていられないんです。その元凶がCCを含む膨大なメールです」  「もう一つ深刻なのが、プレゼンテーション資料です。不要なグラフ、念のためのグラフ。ちょっと見栄えをよくした矢印や影、アニメーション。膨大な時間をかけて資料を作っている社員が多い」  「何を訴えたいのか、共感してほしいのか、それを考え抜いてから作っていないんですね。いきなりパソコンの前に座って、ソフトの言うとおりに作っている」  ――なぜIT依存の状態になったと思いますか。  「一つは防衛ですね。不景気で業績も良くない。ストレスに満ちた環境で仕事をしています。だから防衛的になり『念のため』が増える」  「もう一つは人間の本能です。人間は便利さが大好きです。もっと便利になりたい。もっと情報がほしい、もっとつながりたい、と。人びとの『もっと、もっと』にIT業界が応えてきたわけです」  ――山本さんもその一人ですか。  「インテルにいた時は、ITが広がれば世の中は良くなると思っていましたし、熱く語っていました。俺がビジネスの世界を変えるんだって」  「うちでは『パソコンに拘束される時間を最小化』するとうたったソフトを企業に提案しています。ITを全部やめるのは無理。ですから『断食』を提唱しています。依存し中毒になっていることを自覚しましょう、ITから離れる時間を意図的に作って、うまくつきあいましょう、と」  「会議はトップレスで行う、メールを見ない時間を作る。休みの日は会社のアドレスにアクセスしなくていい。そういうルールを、トップが主導して作るべきです」      ◇ 〈トップレス・ミーティング〉オックスフォード大学出版局が毎年選ぶ、その年の代表的な言葉「ワード・オブ・ザ・イヤー」の2008年版最終候補になった。  「トップレス」といっても、もちろん、上半身に何も着ないという意味ではない。米誌「タイム」の電子版によると、ラップトップパソコンはじめスマートフォンなどデジタル機器、モバイル機器の持ち込みを禁止する会議や打ち合わせのこと。アメリカのシリコンバレーが発祥の地とされる。会議の参加者の集中力を高め、より深い議論をするためという。  企業や役所だけでなく教育現場でも問題になり、欧米の大学では教室にパソコンはじめデジタル機器の持ち込みを禁止しているところもあるという。      ◇ ■やまもと・たかあき 65年広島市生まれ。コンピューターソフト会社のアシストや、世界的な半導体大手インテルの日本法人勤務を経て、96年に企業向けITサービスを開発・販売するドリーム・アーツを設立、社長に。共著に「『IT断食』のすすめ」。      ◇ ■取材を終えて  もう、キーボードなしでは記事が書けないカラダになっている。立派な依存ぶりだ。そんな私でも気になるのが、記者会見でよく見る、記者たちが一心不乱にパソコンをたたく姿だ。あれで、目の前の大臣や経済人に鋭く切り込む質問ができるのだろうか。「突っ込むのが記者さんの仕事でしょう?」と、山本さんに突っ込まれてしまった。もちろん、このインタビューはトップレスで行ったが。(編集委員 刀祢館正明)