「〈新貧乏物語 第2部 老いて追われる〉(4) 無届けホーム」『中日新聞』2016年3月8日

平成25年10月現在の愛知県内の病院には約1000名の医療ソーシャルワーカーがいる。

その中に、「病院の経営陣にせかされ、無届け施設でもいいから紹介してほしい、と泣きついてくるケースワーカー」がいるのだと思うとつらい。効率的かつ効果的な退院支援のしわ寄せは、結局患者・家族へと向かうことになる。


「〈新貧乏物語 第2部 老いて追われる〉(4) 無届けホーム」『中日新聞』2016年3月8日
http://iryou.chunichi.co.jp/article/detail/20160308150725378

午前0時すぎ、名古屋市天白区の住宅街。寝たきりの中川正さん(81)=仮名=は介護ベッドでおむつ交換を受けていた。伸びた髪はぼさぼさで、耳に掛かって跳ねている。

 一昨年の秋、足の骨折などで入退院を繰り返していた市立病院から、この老人ホーム「ザベリオハウス」に移ってきた。2階建ての民家。板間が6部屋。行政への届け出をしていない違法状態の施設だったが、80歳になる妻は一番安いところにお願いした。

 利用料と介護保険の自己負担分を合わせ、費用は月に約10万円。市内にある一般の有料老人ホームの半額ほどで済む。比較的安い特別養護老人ホームは待機者であふれ、入居まで2〜3年待ち。年金暮らしの妻にとっては1回1500円の中川さんの散髪代ももったいなく、施設の職員に「1年に1回で」と伝えた。

 ザベリオハウスには、重い介護が必要な「要介護3」以上の高齢者7人が入居している。最高齢は101歳。うち、中川さんを含む4人が公立や私立の病院からケースワーカーなどの紹介で移ってきた。

 「病院側がいつまでも患者を入院させておけないからです」。経営する岩本智秀さん(42)はそう話す。患者の入院が90日を超えた場合、病院の収入となる診療報酬は国の規定で減額される。がんや難病など特定の患者は例外だったが、一昨年10月の見直しで特定除外が廃止された。

 名古屋市の福祉サービス会社の介護支援専門員(48)は「病院の経営陣にせかされ、無届け施設でもいいから紹介してほしい、と泣きついてくるケースワーカーは少なくない」と打ち明ける。岩本さんが2011年に施設を開設したのも、退院しても行き場がない高齢者がいることを知り合いの医師に聞いたからだ。

 同じような無届け老人ホームは全国に961カ所あるとみられている。厚生労働省によると愛知県は68カ所で、北海道に次いで2番目に多い。無料低額宿泊所とともに「貧困ビジネスの温床」とも批判され、今年2月には警視庁が全国で初めて、都内の運営会社を老人福祉法違反などの疑いで摘発した。

 岩本さん自身は低料金での運営と入所者の居心地を最優先にしてきたが、昨年9月、抜き打ちで訪れた名古屋市の職員には通じなかった。外から招いた理髪師が寝たきりの中川さんの散髪をしようとするのを見つけ、事務所にある介護計画書と比べて「今はおむつ交換の時間のはずでしょう」。計画通りに介護サービスをしておらず、記録の記入漏れもあるとして、公費から支払われる介護保険料の返還を求めた。

 「無届けだからいじめられるのか」。そう感じた岩本さんは今年1月、有料老人ホームとしての運営を市に届け出た。国のガイドラインに従い、火災報知機や消防通報電話などを130万円で設置。ただ、400万円かかるスプリンクラーはまだ整備していない。

 市には2年以内の設置を約束したが、工事費はそのまま利用料に跳ね返る。入所者は全員、年金や生活保護以外に月の収入がない。無届けのままでは確かに「違法だ」と裁かれる。でも、岩本さんは思う。

 「ここにいるのは10万円を出すのがやっとの高齢者だけ。行政や病院の人たちも、そのことを知っているじゃないですか」