尾辻秀久・二木立・権丈善一「医療座談会 医療費抑制政策の撤回は大規模な財源確保から」『週刊東洋経済』2008年8月2日,pp.56-61

7月11日の記事で予告していた、元厚生労働大臣尾辻秀久氏と日本福祉大学の二木立氏らの座談会が昨日発売の『週刊 東洋経済』2008年8月2日号に掲載された。情報が足りなかったのは、2人に加えて慶應義塾大学の権丈氏も入っての、「社会保障議論で注目の有識者」(同誌)による座談会であったこと。 また、この特集は「前編」であり、後期高齢者医療制度や高齢者医療のあり方をめぐる座談会「後編」は同紙8月30日号に掲載予定とのこと。こちらも期待大である。 以下、読書メモ。 【要約】 座談会の議題は、次の4点。①「経済財政改革の基本方針2008」(以下、「骨太の方針」)に対する評価、②医療を中心とした社会保障政策および財源確保のあり方、④後期高齢者医療制度への評価、④高齢者医療の提供体制のあり方。今回は、前編として①②について議論している。 まず、①について議論。尾辻氏は、「骨太の方針」を玉虫色と評価。権丈氏は、今までの社会保障改革の目的が「持続可能性」から「社会保障の機能の強化」に180方向転換したのではないか、と指摘。二木氏は、医師不足対策については1997年の閣議決定(医師養成の抑制継続)の明確な否定がなされたことを指摘。権丈・二木両氏は、「骨太の方針」の中に、これまでの議論とは異なる変化の兆しがあることを述べている。 次に②について議論。尾辻氏は、消費税の増額を主張。但し、「黒い猫でも白い猫でもねずみをとる猫はいい猫だ」というポリシーを持っており、必ずしも消費税の増額のみに財源調達はこだわらない立場を表明。また、霞ヶ関埋蔵金に対して否定的な見解でもある。 権丈氏は、黒猫白猫論に全面的賛成と述べた上で、医療関係者とヨーロッパ水準の医療費の実現では意見が一致するが財源調達の段階になると話が合わなくなる、ともらしている。そして、ドイツ(8.1%)・フランス(8.7%)並みの公的医療費の対GDP比を目指すには医療の無駄の削除や軍事費の削除では「ケタの違う数字」であり、実現できないと主張。また、負担増への大きな壁として政府不信があり、政府不信をあおるほど、社会保障再建はできなくなること警告している。 二木氏は、小泉政権時代からの変化を指摘。具体的には、これまでは「公的な医療費は抑制しつつ、私的な医療費を大幅に増やして医療産業を発展させろ」と主張していたが、そのとおり実行すると患者負担率が4~5割になってしまうため、現在その主張はは表舞台から消えたと指摘。財源調達については、社会保障全般の財源問題と医療の財源問題は区別しないといけないと主張。医療の取材源としては社会保険料をきちんと使うべきであり、足りない部分を税で補完。税金だけでまかなわなければいけない分野として少子化対策や教育もあり、税金を医療費の主材源とする議論とは一線を画した。また、権丈氏は国際比較にみて日本の社会保険料の負担割合がそれほど高くないことを指摘。加えて企業側の保険料負担逃れから、税方式の議論が出てきてはいないかと述べている。まとめとして、二木氏の主張に加えて年金においても社会保険料の増額を主張している。 それに対して、尾辻氏は、国民年金保険料の収納率低下を例に上げ社会保険料増額の難しさを指摘し、保険料の高騰により生活保護受給者の増加を不安視。二木氏は、医療保険に限れば国保と健保では状況が異なり、健保ではまだ保険料を上げる余地があると反論。加えて、低所得者への保険料の減免といった生活困窮者への配慮と、社会保険料全般の問題は区別するべきと指摘している。 【感想】 3人とも、公的医療費の拡充が必要であるという点で一致している。また財源調達方法については、黒猫白猫論では意見は一致しているが、社会保障全般と医療では主財源を社会保険料と税金のどちらにするかという点で温度差がみられた。 また、社会保障全般と医療と年金それぞれのテーマごとに、財源調達方法や保険料の増額、収納率の問題が錯綜し始め、難しいテーマを口頭で議論することは大変だと思った。 【参考】(08.8.25追記) ・尾辻秀久・二木立・権丈善一「医療座談会 医療費抑制政策の撤回は大規模な財源確保から」『週刊東洋経済』2008年8月2日,pp.56-61