日比野守男「【私説・論説室から】老健の役割が変わった」『東京新聞』2008年10月15日

タイトルに惹かれて読んでみたが、とても新聞記事らしからぬ文章であった。 老健が多様化していく中で、「ただそこで死んでいく」のではなく、施設サービスの一環として「看取り」を行う老健が存在すること自体、私は別にあっても構わないと思う。 但し、現時点で「老健を『ついのすみか』と考え、そこで最期を迎える入所者は五分の一を超」(※1)しており、「老健で最期を迎える高齢者は今後、さらに増え」て「老健の役割が変わった」と、まるで一般化して書くことには同意できない。その理由を全国と愛知県それぞれの動向から見てみたい。 全国における動向 まず、全国の老健における死亡退所者の割合である。厚生労働省『平成18年介護サービス施設・事業所調査結果の概況』の「図9 退所者の入退所の経路」によると、平成18年9月の1ヵ月間に、全国にある介護老人保健施設において15,982人が退所。そのうち、3.5%の559.4人が死亡退所していることが分かる。介護老人福祉施設62.0%、介護療養型医療施設26.9%と比べて、格段に割合が低い。 ちなみに、割合の変化をみるためには翌年度の同調査の結果と比較する必要があるが、これは近年同調査が3年に1度しか退所者の入退所の経路について調査しないため次回のデータは、平成21年度のものとなり、その公開は恐らく平成22年の年末頃になるであろうことから、平成20年現在のデータがどうなっているかは分からない。但し、「老健を『ついのすみか』と考え、そこで最期を迎える入所者は五分の一を超す。」程にまで急増するとは考えにくい。実際、これまでの老健における死亡退所割合は、平成13年度2.3%、平成15年度2.2%、平成18年度3.5%と横ばい~微増傾向の範囲である。 但し、調査対象期間が9月1ヵ月間のみなので、年間通した死亡退所者の割合が増加する可能性は否定できない。それでもなお、年間集計して死亡退所者が20.0%以上に急増するものなのだろうか。 なお、公平をきすために言えば、介護老人福祉施設の死亡退所者は2,113.0人(3,408×62.0%)、介護療養型医療施設の死亡退所者は1,154.0人(4290×26.9%)であり、死亡退所割合と異なり、退所者実数で比較すると差が縮小する。 愛知県における動向 次に、愛知県の老健における死亡退所者の割合である。平成18年度介護サービス情報公開(愛知県分:調査対象期間は07年1~3月の3ヶ月間)の筆者による独自集計によると、調査対象期間中の総退所者数が3,401名であるのに対し、死亡退所者の合計は86名であり、割合は2.5%であった(※2)。この結果は全国値の3.5%と大きく変わらない。なお、全国調査と比べて、調査対象期間が3か月であり、時期も秋ではなく冬である。 割合の変化については、同調査の平成19年度版の調査対象期間が、各施設の「記入年月日を含む月の前月から前3か月間における退所した者」と定義が変わったため、各施設によって調査対象期間が異なってしまい、残念ながら比較できなかった。(その上であえて計算してみても、2.6%=79/3,501名に過ぎない。) 施設数でみれば、142施設中(未記入の8施設を除く)、44施設(31.0%=44/142施設)で死亡退所が確認できる。約3施設に1施設で死亡退所が存在していることが分かる。 考察 以上のことから、老健からの死亡退所割合は他施設に比べて低く、またそれが増えているとは言い切れない。「老健の役割が変わった」と断定するには、まだ材料があまりにも乏しいのではないだろうか。 老健を「ついのすみか」とするのはマクロでみれば、特養が足りず老健で特養の入所待機中に命が尽きてしまったと言い換えられるかもしれない。一方で、利用者・家族からみれば、生活場所を転々をすることなく慣れた施設で最後の時を迎えることができたのであるから恐らく満足度は高いであろう。現在の日本に求められているのは、看取りのできる老健が増えることではなく、特養が増えることであると素直に思う。 しかし、うがった見方をすれば、看取りのコストを新たに調達したい一部の老健が新聞記者を通して世論に訴えかけている様にも思われるがそれは考えすぎなのかもしれない。 ※1 なお、「老健を『ついのすみか』と考え、そこで最期を迎える入所者は五分の一を超す」と述べたのは、老健施設協会である。但し、その出典が明記されていない。 ※2 同調査の掲載データのうち、調査対象期間中の自宅退所者が39名(延べ)以上に及ぶ施設が9施設存在していたため、外れ値として集計から除外した。結果、分析対象施設は135施設とした。 以下、東京新聞HPより転載。


日比野守男「【私説・論説室から】老健の役割が変わった」『東京新聞』2008年10月15日 老人保健施設老健)は、介護保険の中の施設サービスの一つである。老人福祉施設特別養護老人ホーム=特養)、介護療養型医療施設療養型病床群)と並ぶ重要な施設だ。   特養は寝たきり、療養型病床群は病状が安定しているが長期療養が必要な高齢者を対象としている。  老健は病状が安定している高齢者が在宅復帰を前提にリハビリや介護などを受ける“中間施設”ということになっている。  この区別はもともと曖昧(あいまい)だったが、最近はさらに区別がつかなくなった。  その一例が老健で行われる終末期の看取(みと)りが年々増えていることだ。先に京都市で開かれた全国老健施設大会では、老健での看取りに関する演題がこれまでになく多く発表された。  老健施設協会によると、老健を「ついのすみか」と考え、そこで最期を迎える入所者は五分の一を超す。  大会参加者が強調していたのは、老健の役割変化に対応した介護報酬の見直しだ。看取りは療養型病床群では医療行為の一環であり、特養では介護報酬が加算されるが、既存の老健は在宅復帰が建前なので介護報酬の加算が認められていないからだ。看取りを行うほど赤字が増えるという。  老健で最期を迎える高齢者は今後、さらに増える。  来年の介護報酬改定時には、老健での看取り機能を積極的に認め、介護報酬で正当に評価すべきだろう。