「クローズアップ2014:新生児の虐待死、どう防ぐ 妊娠期、ケア急務」『毎日新聞』2014年10月5日

赤線の部分が重要。今年度は、福岡市仙台市でも同事業が開始された様子。


「クローズアップ2014:新生児の虐待死、どう防ぐ 妊娠期、ケア急務」『毎日新聞』2014年10月5日
http://mainichi.jp/shimen/news/20141005ddm003040053000c.html
新生児が虐待によって亡くなるケースが後を絶たない。厚生労働省が公表した17歳以下の虐待死のうち4割を0歳児が占めた。「望まない妊娠」などを理由に妊婦健診すら受けず、周囲が気づきにくいケースも少なくないという。熊本市の慈恵病院では、家族に隠して出産した男児の遺体を「赤ちゃんポストこうのとりのゆりかご)」に遺棄する悲劇も起きた。小さな命をどう救えばいいのか。「SOS」を早期にキャッチし、支援策につなげる取り組みの拡大が求められている。

 ◇行政と病院、情報共有

 「こんなに楽しく過ごせる日が来るなんて、出産後すぐには想像できなかった。病院や保健師さんが家族のように接してくれたおかげです」。兵庫県尼崎市に住む中国籍の女性(31)は1歳9カ月の長男を抱きしめ、そう語った。

 女性は、日本語学校で働く夫(28)=中国籍=と2011年に結婚し、日本語がほぼ分からないまま来日した。約1年後に県立塚口病院(同市)で長男を出産したが、肺や心臓などに疾患が見つかり、新生児集中治療室(NICU)へ入った。長男が人工呼吸器をつけて退院できたのは約1年後。女性は「自分の子なのにどう扱っていいか分からず、眠れなかった」と振り返る。

 女性を支えたのは病院が設置する「児童虐待対策部会」の医療ソーシャルワーカー(MSW)らだ。妊婦健診時に「経済不安」「協力者がいない」「子供に疾患がある」など支援が必要な母親を把握し、地域の福祉や育児支援につなぐ。

 MSWは女性の出産直後から支援を開始。友人が少なく、精神的に不安定な一面を見せていたため、生活の相談に乗った。退院前には、産科や小児科の看護師、障害福祉担当の行政職員らとともに、生活をどう見守るか協議。退院後も保健師や看護師が定期的に自宅を訪問しており、夫は「ベビーカーから住まいまで何でも相談できる」と感謝する。

 児童虐待への関心の高まりから、小児科のある中核的な病院の6割以上に虐待対応組織があるとされる。中でも産科がある施設では、妊娠期から気になる妊婦を見つけ、地域につなげる「虐待の0次予防」が注目されている。塚口病院では、10〜11年度に扱った出産993件のうち、約3割を「育児支援が必要」と地域の保健サービスにつないだ。毎原敏郎・小児科部長は「貧困や地域社会のつながりが薄れ、母子の環境の深刻さが増している」と話す。

 愛知県西尾市の西尾保健所管内では、保健所や保健センターといった地域の保健機関と、産科などの医療機関が、妊娠期と出産後の2種類の母子連絡票を使って情報共有を図る。「望んだ妊娠ではなかった」などの支援が必要と予想されるケースの把握に努めている。

 年々、連絡票を通じた医療機関と保健機関とのやりとりは増え、昨年度は09年度の約1・2倍、111件になった。同保健所の池田久絵・健康支援課主査は「それだけ虐待防止などに向けた対応ができている」という。同県知多保健所の久野千恵子保健師は「今は自分が産むまで子供を抱いたことのない母親も珍しくない。助けを求める方法を知らない親もおり、地域の公的な支援こそ最後の砦(とりで)となることが必要だ」と指摘する。

 しかし、こうした病院・地域ばかりではない。対応組織を設けていない施設も多く、病院間格差が課題だ。厚労省は12年度、地域の中核的な病院に虐待専門のコーディネーターを置き、病院相互の連携を進める「児童虐待防止医療ネットワーク事業」を始めたが、補助額が1都道府県・指定都市あたり約460万円と低いこともあり、昨年度、事業を実施したのは福岡、愛知、香川の3県にとどまる。

 ネットワークを広げるための手引きづくりにかかわった奥山眞紀子・国立成育医療研究センター副院長は「地方では医療機関の連携も難しい。専門性の高い拠点病院と、虐待の疑いのある子供の情報を共有できるようなITシステムの構築も必要で、そのためには経済的支援が重要だ」と話す。【反橋希美、江口一】

 ◇未受診、把握難しく

 厚労省の専門委員会は、先月公表した報告書で虐待予防の対策として「妊娠から出産までの切れ目のない相談・支援体制の整備」が重要だとした。同省は母親の妊娠段階のケアを重視。妊婦健診を担当した医師らが「虐待に及ぶリスクがある」と判断した場合、自治体の担当部署や児童相談所に連絡することで、支援につながるケースもあるとしている。自治体などの担当者が養子縁組や里親の制度を紹介することも対策の一つに挙げる。

 専門委員会の分析によると、2003年7月から13年3月までの9年9カ月で虐待により死亡した17歳以下の子供は546人。うち0歳児は240人で約44%を占めた。生後1カ月未満の子も111人に達する。このうち「窒息(絞殺以外)」が死因の子は44人、「出産後、放置」は16人だった。また6割を超える74人が、妊婦やそのパートナーが出産、育児を前向きに受け止められない状況にある「望まない妊娠」だった。出産の場所は65人が自宅で、医療機関で産まれた子は9人。多くの母親が医療機関とつながらずに出産している実態が浮かぶ。

 加害者となる母親には、母子健康手帳を受けず、妊婦健診に訪れない「未受診」も多い。専門委員会も「妊娠届を行わず、妊婦健診を受診しない妊婦は行政サービスで把握することが困難」と指摘。妊婦が産科などの医療機関を受診した機会を捉え、母子健康手帳交付の手続きを行うよう指導してもらうなど医療機関と行政の連携が重要だとしている。【遠藤拓】