「薬だけで真の回復ない」『中日新聞』2014年12月9日

東京都医学総合研究所参事研究員糸川昌成氏の言葉がふと目に留まり、そしてその言葉から目が離せなくなりました。

抗精神病薬は脳を治しても魂は治らない。症状が理解され、ふに落ちて初めて魂が治る」

【関連】
「糸川昌成」『J-POP VOICE』2014年3月
http://jpop-voice.jp/schizophrenia/s/1404/01.html
ここで使われている「物語」という言葉は自然と理解できました。


「薬だけで真の回復ない」『中日新聞』2014年12月9日
http://iryou.chunichi.co.jp/article/detail/20141210151715926

精神科医療はどうあるべきか、精神障害者やその家族らが話し合うシンポジウムが先月中旬、東京都内で開かれた。ここ数年で、本人や家族などの病気を書籍で公表した5人が登壇。「薬で脳の活動を調整するだけでは、患者の真の回復にならない」との意見が相次ぎ、回復過程で人が関わる大切さを、集まった約300人へ訴えていた。(佐橋大)
 「薬だけで治ると思うのは医師の傲慢(ごうまん)では」「人からまっとうに扱われることが、回復の一番の力になる」。静岡県焼津市の児童精神科医、夏苅郁子(なつかりいくこ)さん(60)は訴えた。
 夏苅さんは母が統合失調症で、自身も学生時代に摂食障害で苦しんだ。10代のころ、母の症状はひどく、「まともに育てられていない」と劣等感に苦しんだ。人との距離をうまく取れず、自殺未遂も2度した。抗うつ薬を処方され、症状が消えても母への屈折した感情は変わらなかった。
 母の死後、母の病気を公表したのを機に多くの人と交流し、心が癒やされ、刺激も受けた。母の生涯を調べ直し、両親への誤解も解けた。夏苅さんが10歳のころ、父との生活のストレスで母は発症したと思っていたが、実は結婚前から精神科に通っていた。父のせいではなく、家族の誰も悪くないと思えるように。夏苅さん自身も回復途上で、人との関わりの中で回復する−と実感している。
 東京都医学総合研究所参事研究員の糸川昌成さん(53)は、「抗精神病薬は脳を治しても魂は治らない。症状が理解され、ふに落ちて初めて魂が治る」と語った。
 糸川さんの母も統合失調症。物心ついたころから不在で、母の話題は家庭内でタブーだった。大学入学時に母の存命と病気を知った。2000年に母が亡くなったと連絡が入り、亡きがらと対面。病気への偏見から会わなかったことを悔い、統合失調症の発病因子の研究に没頭した。純粋に脳の病気だと分かり、治療法を確立すれば偏見が改まると考えた。
 糸川さんも母のカルテを調べた。発症当初に「異常行動」とされたものの原因に心当たりがあった。父の苦悩も分かり、両親の肯定は自己肯定につながった。
 また、糸川さんは症状の背景を考え、人との関わりを整え、治療する実例として、先輩の精神科医から聞いた話も紹介した。
 20代で統合失調症を発症し、親と同居していた40代の男性は、正月のたびに再発し、入院していた。男性には弟がいて、正月に子どもを連れて実家に来ていた。親はかわいがって、お年玉をあげていた。
 弟夫婦には「お兄さんが両親と暮らしてくださるおかげで、安心して子どもと暮らせる」と話すように助言し、両親には男性を通じて弟夫婦にお年玉を渡すようにさせた。男性は正月に再発しなくなった。
 「統合失調症が脳の病気というだけなら、正月に抗精神病薬を増量すればいいが、そんな治療なら、わたしは拒否する」と糸川さん。「研究で脳を解明する。臨床を続け、患者の物語を理解する。二つを両立し、初めて統合失調症は治る」と締めくくった。