保正友子氏によるソーシャルワーカーの成長に焦点を当てた著書三部作

「周囲から実践能力が高いと認められているベテランMSWは、一体どのようにして実践能力を高めてきたのであろうか。」

これは、保正友子『医療ソーシャルワーカーの成長への道のり 実践能力変容過程に関する質的研究』相川書房,2013の「はじめに」に書かれている問である(pⅱ)。

保正友子氏によるソーシャルワーカーの成長に焦点を当てた著書三部作は、以下の通り。



『成長するソーシャルワーカー 11人のキャリアと人生』筒井書房,2003は、「40代・50代の調査」。『キャリアを紡ぐソーシャルワーカー 20代・30代の生活史と職業像』筒井書房,2006は、「30代・40代の調査」。『医療ソーシャルワーカーの成長への道のり 実践能力変容過程に関する質的研究』相川書房,2013は、急性期病院の医療ソーシャルワーカーに特化した「30代・40代・50代の調査」である。

なお、保正(2013)はMSWの実践能力について、先行研究を整理した上で、「MSWに対する要求や義務を遂行するための、価値・知識・技術を適切に結合して発揮し、各種システムとの関係構築を行い、専門的自己を確立する能力」(p4)と定義している。「職務(知識、技術、能力)」「組織(求められる技能)」「人物(個人的特性)」の3要素を含んだ、すっきりとしつつも多方面に配慮の効いた定義である。

私自身の関心に引き付けると、職場における主任業務と職能団体における研修部長業務から上述の問を考える。

職場における主任業務としては、法人全体で20名いるMSWの実践能力の品質保証をするためにどのような仕組みづくりが求められるかという問題意識がある。方策は様々あるが私自身の取り組みとしては、OneNote(今日の相談援助指針)を活用した情報・知識共有がある。各種制度や職場の諸ルールの勘所を文章化して検索できるようになっており、各自思いついたタイミングで入力・編集・閲覧できる。本取り組みは、第36回日本医療社会事業学会で発表した。『今日の診療』を参考に開発したが、今後は疾患別・問題別の援助指針についても文章化することを目指している。さらに来年2月の第13回愛知県医療ソーシャルワーク学会の発表では、もう一つ進めて地域のMSWと本取り組みを共有し、地域のMSWの品質保証へ展開したいと問題提起する予定だ。

また、転院・転所の際の各機関の受け入れ基準・手続き方法・担当者・連絡先をデータベース化し、法人内MSWで活用していたがこちらは「退院支援は病院全体で取り組むもの」との考え方から、法人内の全職種が利用可能なシステムへと移行させることができた。

上記2つの取り組みは、従来暗黙知となりがちだったMSWの持つ情報・知識を可視化したいという思いが原動力となったが理論的根拠はナレッジマネジメントにおいている。ナレッジマネジメントの学習において、関連分野として実践知・熟達化・省察に関する文献を読むことになるがそこで何度も登場する、金井壽宏やドナルド・ショーンの名前が三部作にも引用されており、保正氏による一連の研究成果により親近感を抱く。

職能団体における研修部長業務としては、今年度より愛知県医療ソーシャルワーカー協会の研修部長に就任した。職能団体として、現任者教育を担うことは当然のことだが、どのような視点から研修を構築するかが重要となる。800名近くの会員の経験年数や職場環境、職位は実に多様であり、また今日的には人材確保の観点から学生を対象とした研修にも取り組む必要がある。そういった意味では研修部だけで担えることには限りがあり、複数の分野の研修委員会の自主的かつ献身的な運営があってはじめて成り立っている。更には、政策的な流れとして県レベルで社会福祉士会や精神保健福祉士協会と連携したソーシャルワーカー全体を対象とした研修の実施も急務となっている。現在は、前任者が蓄積してくださった研修運用に関する諸ルールの整備や認定制度へのキャッチアップに取り組んでいる。

保正ら(2003)では「一皮むける経験」としてもっとも影響力の大きい項目に「職場内外での研究活動」が挙げられており、具体的には職場内外での研修や研究活動を意味していた(pp.146-147)。

また保正ら(2006)ではキャリア発達の視点から、20代のソーシャルワーカーに対して職場内でのスーパーヴィジョンの充実が最も重要としつつ、それが受けられない環境にも配慮し職場内外での研修会やスーパーヴィジョンの日常的な提供が必要と指摘している(pp.293-294)。30代のソーシャルワーカーに対しては、「組織での役割や職位の変化に伴うノウハウについて、職場内外からの情報提供と研修の機会を確保することが有効」(p298)と指摘している。

一方、保正ら(2006)は聞き取り結果の分析を踏まえて「力量形成の契機となった出来事を個人のライフコースのなかから選び出し、キャリア支援の研修として開発するという、発展的研究目標は達成できませんでした。なぜなら個人の職業経験のなかで力量形成契機となった出来事は、職場での同僚や先輩との議論や研究会であったり、上司や管理職の適切な助言や励ましでした。こちらは、研修内容やシステムに落とし込めるものではなく、個人の職場運、人生運のようなものだからです。」(p232)とも述べており、たいへん正直な文章に好感を持った。

調査実施時期の影響もあるが、保正ら(2003・2006)では共通して社会福祉士を中心とした資格獲得への取り組みが力量形成のきっかけとし一番多かったと指摘している。今日では現職のMSWの多くは社会福祉士を入職時から取得しているため、この点は現状に合わせて解釈するならば認定社会福祉士の取得が該当しうる。30代以降のライフサイクル上の特性(結婚、家族構成の変化)を踏まえると、生活圏域にある職能団体で認定社会福祉士を取得するために必要なポイント・単位が取得できる研修を提供することは極めて重要であろう。これは、職能団体によるキャリア形成支援と呼べる。

保正(2013)は、聞き取り結果の丁寧な分析からMSWの実践能力について、5カテゴリー・23概念を生成している。決して観念的ではなく、実際のデータから抽出した具体的な項目であり、さらに1つ1つの概念について説明もついているためイメージが湧きやすい。これらの各概念間の関係性や相互作用を意識した研修を組むことができれば、職能団体としてより根拠を持って実践能力変容へ関わることができるのではないかと考える。

この点については、既に保正友子「第7章第3節 質的研究によるソーシャルワーク実践の評価」日本医療社会福祉協会・日本社会福祉士会編『保健医療ソーシャルワーク―アドバンスト実践のために―』中央法規,2017,pp.359-375において、静岡県MSW協会での取り組みが簡単に紹介されており参考となる。愛知県でも同様のことができないだろうか。

但し、原則的に言えばキャリアラダーとの関係も含め日本協会レベルで作成されるべきものであり、ナショナルスタンダードを各都道府県協会に展開することが他の職能団体と同様、大切なのだと思う。

今後も研究成果から多くを学ばせてもらたい。