「【シリーズ】この先生に会いたい!! 池田正行氏(国立秩父学園/内科医)に聞く」『週刊 医学界新聞』第2792号,2008年8月4日

臨床の知が言語化できていない福祉学界。そのため教育の場でも相変わらずの輸入学問。哲学に近く、解説・解釈論に力点が置かれがちなソーシャルワーク研究。臨床では「小さな職人」が次々と登場するものの、独りよがりな経験則を基にした自信を持ってしまい、成長がストップ。個々の経験則が、相互に交流し、昇華・言語化までたどり着かない。教育の場の不充足感には、我々臨床家にも責任がある。臨床家による言語化とそれを学問に還元するシステムの構築。そのためには、教育と臨床両方に軸足を置いて言語化作業ができる社会福祉士の確保が課題であろう。 医学界では、絶え間なき言語化の活動が起こっている。福祉学界においては、それ以前に臨床に出てからの教育体制の整備が喫緊の課題であろう。私は、その中で実際に教育体制を企画・運営することに関心がある。今の私にできることは、基礎が固まりつつある老健部会の基礎研修をより充実させたものにし、更に現任者研修を発足し、システムとして臨床家教育の場を設ける道筋を作ることである。また、そこに教育機関を如何に取り込めるかが大きな課題である。 具体的には、職能団体と教育機関の共催による研修システムというものがあってもよいのではないか。そこでは、教員とベテランの臨床家が一緒になって研修内容を検討し、講師を務める。そういう場を設けないと、「臨床家による言語化とそれを学問に還元するシステムの構築」は難しいのではないか。無論、その他にも共同で研究を行うといった手段もありうる。但し、臨床家の中には、教育機関の教員に過度な遠慮が存在するのも事実であり中々声をかけづらいという面もある。一方教育機関の教員の中にも、職能団体やいち臨床家にどのように関わればいいのかよく分からないという面もある。だとすれば、必要と感じた誰かが最初に手を挙げるしかない。 この間、システム作りに携わり学んだことは、臨床家の中に心強い同志を持つことが如何に重要かということ。システム作りは決して1人でできるものではなく、同志とともに協力し合ってこそ、初めて、臨床家教育システムを構築できるのだと思う。例え1人のカリスマがシステムを構築できたとしても、そのカリスマが去ればたちまちシステムは崩壊する。システムは、一朝一夕にできるものではなく、数年単位での積みあげを経て初めてできるものである。 以下、表題の記事から重要な箇所を一部転載。
“職人芸”を言語化する 佐野 大学で学んだことにはクリアカットなことが多かったと思います。しかし,臨床研修に入ってからはどこかモヤモヤすることが多くて,病歴もその1つでした。 池田 その感覚の原因は,医学部の教育,学習の対象が,すでに言語化されているものだけに集中してきたことにあります。一方で,問診や診察,コミュニケーションのコツといった言語化しにくいことは,各人の持ち味,職人芸みたいな扱いをして教育の対象にしてきませんでした。  でも,医学部教育で学べなかったことこそ,実際に臨床に入った瞬間から必要になるものが多いのです。その結果,多くの臨床医が苦労しています。ですから,簡単に言語化できないと諦めるのではなく,言語化する努力が必要。言語化しにくいといっても,現場では教えているわけだから,「100%言語化できない」ということは絶対にないわけです。ですから,これからの医学教育の課題であり,面白いところは,今まで言語化できないと思われていた領域の言語化であると私は考えています。  私が全国巡回教育でやっているのは,まさにその言語化です。この活動が広がれば,臨床の大きな進歩につながるはずです。 (中略) 意識障害診断におけるバイタルサインの有用性に関する論文がBritish Medical Journal(BMJ 2002;325:800)に掲載されましたね。これも日々漫然と診療をしているだけでは生まれなかった研究だと思います。なぜ研究しようと思われたのですか? 池田 あの研究も,自分の中でのモヤモヤ感――不愉快な感じがきっかけでした。意識障害の患者さんに綿密な神経学的診察をルーチンに行うわけにはいきません。一方で,安易に頭部CTに頼る結果,診断も遅れる上に誤診もあるなどの問題を感じていたんです。綿密な神経学的診察ができない場合でも,救急室で得られる基本的な情報で,頭蓋内病変の可能性を推測する方法はないか,と考えたときにあの研究が生まれました。  さっきの不安感と同じで,モヤモヤ感がある限り,そこに問題意識が生じて,考え続けます。考え抜いて見つけた答えは,必ず私たちを成長させてくれます。臨床研究の大成果につながることもあるでしょう。私のホームページの「メディカル二条河原」でも,日々のモヤモヤ感がもとになって,新しい考えが生まれています。モヤモヤ感は,成長していくための資質,いわば宝の山なのです。